「退屈」は体が痛くない証拠。なにも不調がない幸せに気づくための整体

完全プライベートの整体院だからこそ話せること   


退屈のありがたさについておしゃべりするシニア女性と話を聞いている整体師の水彩風イラスト

 

このお話をしてくださったお客さまはご自身を「飽きっぽいのよ」と口にしつつも、月に一度のペースで長く当店に通ってくださっています。

                                 

こんにちは

豊島区にある池袋整体ゆっくりの松本です。

 

 

 

テンポのいいお喋りで、いつも私も楽しい時間を過ごさせていただいています。

 

実は私がかつて雇われの身で、複数のスタッフやベッドが並ぶ環境で施術をしていた頃。

何人もの方からこんな声をいただいていました。

 

「まわりの他の人に会話を聞かれている気がする」

「常に誰かに監視されている感じがして、リラックスできない」

 

このお客さまも、かつては同じような息苦しさを感じていたお一人でした。

 

だからこそ、独立して自分のお店を持ちマンツーマンで施術を行える現在の環境には大きな強みがあると感じています。

 

 

他の方の目を気にせずに。

 

お客さまと深く関わり、本音で向き合えること。

 

 

今回ご紹介する「退屈」をめぐる深いお話が聞けたのもこのプライベートな空間があったからこそです。

 

 

 

「退屈」を嫌う現代人とその裏にある本質    


 

施術中、ベッドの上でお客さまがふとこんな問いを投げかけてくれました。

 

「みんなさあ、退屈って嫌うでしょ?」

 

(※ここでの退屈は「取り立ててすることがなく、暇をもて余す状態」という意味で使用しています)

 

「そうですね。好きな人はあまりいないんじゃないでしょうか」

「何か予定を入れたくなりますよね」

 

と私。

 

 

するとお客さまは静かにこう続けられました。

 

「快楽につながらないと、暇な時間って悪いものだと思っちゃってそういうのを避けようとするの」

 

「退屈を感じるのはツラいから、みんなスマホを見たりして紛らわしたくなる人が多いように思うのよね」

「でも退屈って有り難いことなんじゃないかしら、ホントは」

 

「なぜだかわかる?」

 

 

「……うーん、なんだろう。わからないです」

 

答えにつまる私に、お客さまは教えてくれました。

 

 

慢性的な痛みやしびれがないという本当の有り難さ    


 

「暇だとか、退屈だとかを感じられるってことはね、現在からだに痛みが一切ないってことなの」

 

「他の人はわからないけど私はそう」

 

この言葉に私はハッとさせられました。

 

 

「確かに、本当にその通りですね!」

 

 

「ここに(当店に)来るまでは、痛みやしびれで毎日どれだけ大変だったか松本さんも知ってるでしょ?」

 

「はい。病院を何度も転院されてあちこちの治療院に行かれていましたよね」

 

「そんなときはね、退屈だ~なんて思う余裕は1ミリもないの」

「だって、痛くて痛くて辛すぎるから」

 

「常に痛みやしびれ、不快感のほうにだけ意識が向いちゃってるの」

「朝起きてから、夜ベッドに入ったあとも、ずっーとね」

 

 

痛みへの執着と「ぐるぐる思考」が心身をすり減らす    


 

お客さまの言葉には慢性痛に苦しんだ人にしかわからない、リアルな重みがありました。

 

「『今日も痛みが変わらないな。これ、このまま一生治らないのかな……』とか」

「『この先もずっとこの状態が続いたら、自分の人生どうなっちゃうんだろう……』とか」

 

「『もっと若い頃から、体をケアするっていう意識を持っていたら違ってたのかな?』とか」

 

「……なんていう具合に過去のことであれこれ後悔したり、まだ見ぬ未来のことで不安になったり」

 

「そんな状態だと夜ちゃんと寝ても心も体もまったく休まらないのよね」

 

 

このお話を聞きながら、私は黙ってうなづいてました。

 

私もお客さまと全く同じ状態ではないにせよ、「痛みにだけ意識が持っていかれてしまう感覚」は経験があります。

痛みの原因を探そうとするあまり、頭の中でネガティブな「ぐるぐる思考」にはまってしまい、脳も体もグッタリと疲れ果ててしまう。

 

あれは本当に休まらないものでした。

 

 

「退屈」はありがたいこと    


 

だからこそお客さまの次の言葉が深く響きました。

 

「でしょ? だからいまふと『あぁ、退屈だな〜』って感じるときは『これって本当に有り難いこと』って心から思えるのよね」

 

 

さらにお客さまのお話は「現代人の心の在り方」へと広がっていきます。

 

「お寺に行って座禅をしたり、スタジオでヨガをやったりして『自分と向き合う時間』をわざわざつくる人が増えているみたい」

「それとはべつに日常の中にやってくる『退屈な時間との向き合い方』っていうのも、本当はすごく大切だと思うの」

 

 

「退屈な時間との向き合い方」

 

 

素敵な表現だと思いました。

 

現代は1秒でも隙間時間があれば、すぐにスマートフォンを取り出してSNSや動画を見て、脳を刺激で埋め尽くしてしまう人がほとんどだから。

 

 

あえて何もせず。

 

痛みのない穏やかな「退屈」を味わうこと。

 

 

これって究極の自律神経のケアなのかもしれません。

 

 

 

「退屈」は気持ちと体に「エネルギーの余白」がある証拠    


 

お話を聞きながら、私の中でさらにひとつの気づきが繋がっていきました。

 

実は「退屈だな」「暇だな」と感じられるのは私たちの心と体にエネルギーの余裕(余白)がしっかりと戻ってきた証拠でもあるのです。

 

本当に心身が疲れ果てているとき。

ストレスで限界を迎えているときは、退屈する暇なんてありません。

 

不快感に耐えるだけで精一杯だったり。

 

凄まじい眠気に襲われてただぐったりと倒れ込んだりしてしまうからです。

 

 

つまり、退屈を感じられる状態というのは以下のような素晴らしいサインが体から出ているということになります。

 

  • 生存の安全:目の前に危機がなく、今すぐに命を脅かされるようなストレスや脅威がない「安全な状態」である
  • エネルギーの余剰:脳や体が、生きるためだけでなく「次の行動」を自由に起こせるだけのパワーを蓄えられている
  • 欲求のサイン:エネルギーが余っているからこそが「何か面白い刺激や、楽しいことはないか?」と外へ探し始められている

 

「退屈」という一見ネガティブに思える時間は心身の充電にとって悪くないものだと思います。

 

 

自然治癒力を高める「忘れて、思い出す」という循環    


 

お客さまは笑いながらこう続けました。

 

「あと人間ってすぐ忘れちゃうのよね(笑)」

 

「体調を崩したときには『健康って本当に有り難いな』って身に染みて感じるけど、それってその時だけでしょ? 」

「元気になるとケロッと忘れちゃう」

 

「本当にそうですよね」と私。

 

 

「人間の細胞って24時間365日、私たちが寝ている間も休みなしで働いてくれている」

 

「それなのに体に備わっている『自然治癒力』や『回復力』のおかげで今元気に動けているんだ、なんて感謝は頭からすぐになくなってしまう。私も先生も」

 

確かに。

 

体にどこも問題がないときはそれが「当たり前」になってしまい、わざわざ感謝することなんて忘れてしまう傾向にあります。

 

 

するとお客さまは最後に、とても温かい言葉をかけてくれました。

 

「けれどね、それでいいと思う」

 

「健康の有り難さを、すぐに忘れちゃう」

「それで忘れたことを時々こうやって思い出してあげる」

 

「そのくらいのバランスのほうが、なんとなく人間として自然なように思えるから」

 

 

 

完璧じゃなくていい。「理想」と「現実」の間でバランスを取る    


 

「理想ではあるけれど毎日健康に感謝し続けるなんてできなくていい」

 

「時々は思い出してあげられたらいいよねくらいの緩さ、心地よさ」

 

「それも凄くいいですね」と私は伝えました。

 

 

お客さまはさらに言葉を続けます。

 

「仕事に行きたくない日ってある」

 

「だけど体調を崩した前は朝ふつうに起きられてたな」」

「喉の強い痛みや高熱で眠れない夜なんてなかったな、だったり」

 

「寝込むまではちゃんとお腹が空いて、食事をして『おいしい』って思えてたなぁ,とかね」

 

「日頃のケアや体調管理、食事や睡眠、適度な運動……」

「すべてをバランスよく維持することが理想だけど、それって現代社会では簡単じゃないでしょ?」

 

 

「本当にそうですね」

 

「特にストレスの多い今の世の中では疲れているときほど、脳に強い刺激が欲しくなったりする」

 

 

「退屈や寂しさを感じたくないから、ついスマホを見続けたり過度な快楽を求めちゃったりするの」

 

「そうですね。モヤモヤした気持ちを、強い刺激で吹き飛ばしたくなったりするんですよ」

 

 

「だけどね……」とお客さまは少し悪戯っぽく笑いました。

 

「だけど?」と私が先を促すと、最初の核心に戻る答えが返ってきたのです。

 

 

「快楽はないけれど不快もない」という極上の状態    


 

「最初に話したようにさ暇とか退屈は、本当はものすごく有り難いことなんじゃないかな」

 

「派手な快楽はなくても、からだに『不快な状態(痛みやしびれ)』が一切ないわけだから」

 

  • 快楽はないけれど不快もない状態=「退屈」

 

 

そんな風に考えたことはありませんでした。

 

 

お客さまはつづけます。

 

「『退屈を受け入れる』っていうとなんだかちょっと修行みたいに重たく聞こえちゃう」

 

「でも少なくとも『退屈なんて感じないに越したことはない』って世間で言われるほど、実は悪いものじゃないんじゃない? と思ってるの」

 

お客さまがそう言って伸びをされたとき、ふと笑顔になられました。

 

「脚が軽くなってきたわ」

 

 

頑張りすぎた気持ちと体をニュートラルに戻す場所    


 

以上が施術のときに繰り広げられた、お客さまと私との貴重な対話の内容です。

 

大切な施術の時間を使って、こんなに深いお話をしてくださり本当にありがとうございました。

 

体になんの不快感がなくても「退屈すぎて苦痛だ」と感じる場合もあるかもしれません。

退屈への感じ方は人それぞれだから。

 

ただ私がこのお話に「そっか、そうだよね」と強く印象に残っていたため、記憶を頼りに再現してご紹介させていただきました。

 

 

この素敵なお客さまから教えていただいたお話はまだまだたくさんあるのですが、長くなってしまいましたので今日はこのへんで。

 

 

当店ではそんな『何もない最高の退屈』を取り戻すために、日々の肩こりや腰痛の改善をサポートしています

 

 

 

それでは今日も皆さまにとって、平穏な1日でありますように

 

 

公園のベンチでおしゃべりを楽しむシニアのお客さまと女性の水彩風イラスト

 

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【この記事を書いた人】 

 

整体師

松本健之

 

JCC池袋整体院(旧日本カイロプラクティックセンター南池袋)で13年勤務。

独立して池袋整体ゆっくりをオープン。

数多くの整体セミナーに参加し、現在も施術や身体操作の学びを継続中。

ヨガや太極拳で学んだ経験も施術に活かしている。