恥をかき大きな声で間違える|私が今も大切にしている「学ぶ姿勢」の原点

恥をかき大きな声で間違える|私が今も大切にしている「学ぶ姿勢」の原点 池袋整体ゆっくり

私が今も大切にしている「学ぶ姿勢」の原点 

試行錯誤の末に分かった原因は「人一倍、繊細すぎたこと」  


 

2026年 6月                                                    

 

こんにちは

豊島区にある池袋整体ゆっくりの松本です。

 

 

整体院に足を運んでくださる皆さまのために私はいまでも可能な限り時間をつくり、新しい整体研修に出かけて技術を磨いています。

 

空き時間には整体関係の専門書を中心に、ときには雑学までをゆる~く座学したり。

施術の精度をさらにアップさせるための身体操作のトレーニングも継続中。

 

トレーニングメニューと現場で使用する専門の道具もマシマシに。

 

地味ではありますが飽きることがありません。

 

 

「どうしてそこまで?」

 

 

そういった私のなかにある「学ぶ姿勢のベース」になっているものを考えるとき。

記憶はいつも、懐かしい学生時代へとさかのぼります。

 

当時体育会系のクラブ活動と過酷なアルバイトでどれだけ疲れていても毎回必ず出席していた、ある講義の講師の存在です。

 

 

 

わかりません」は禁句。小さな教室で始まった破天荒な講義 

「これだけかあ……。とくに精鋭が集まったわけでもなさそうだ」 


 

大講堂ではなく、小さな教室で行われた選択科目の初日。

 

その講師は集まった数人の学生をゆっくりと眺めながら、ニヤリと笑顔でこう話しはじめました。

 

「これだけかあ……。」

「とくに精鋭が集まったわけでもなさそうだ」

 

 

強烈な先制パンチでしたが、講師の話はどんどん熱を帯びていきました。

 

 

「人生のすべての取捨選択に、自分というものが現れてくる

 

「AかBどっちでもいいではなくて、『俺はAがいい』と言い切ること」

 

「その積み重ねが個性になるからムリやり自分とは何か?なんて探す必要はない」

 

 

「ただどこかで『自分の弱さ』を認識するのは大切だ

 

「そうしたらちょっとはたいした自分になってやろうと思うかもしれないだろ? 」

 

「そこで必要なのが、他者の眼で自分をみること」

 

 

「いい本を読み、いい人間とつきあう」

 

「これしかない」

 

 

 

 

教室では大きな声で間違えること。「わかりません」は禁句です 


 

さらに、講師の口は滑らかになります。

 

 

「ロクに出席しないでも単位をとれる大学の授業とは呼べないようなものをたくさん取って『卒業したぜ』という学生もいる」

 

「要領がいい、度胸があるとでもいいたいんだろう」

 

「俺にいわせれば大学を出たのではなく、ただ通過しただけ」

 

「そんなのは大学ではない!」

 

 

 

厳しい言葉に聞こえるかもしれませんが、講師が本当に伝えたかったのは社会に出る前の私たちへの愛のあるエールでした。

 

 

「予習はしなくていいから、授業中に質問をしよう

 

 

「教室では大きな声で間違えること。『わかりません』は禁句」

 

「わかりません、というのは自分の頭で考えずにただ正しい答え(正解)を当てようとしているだけだから」

 

「本人だけでなく、周りの人にもプラスにならない」

 

 

「社会に出たら、しんどいことが山積みです」

 

いまのうちにたくさん間違えて、恥をたくさんかいてね

 

 

「あと・・ケチな完璧主義はダメ

 

「全部わかんないから本を買わない、というのはなし」

 

「読まなくてもいいから、いまからいう本は手元に置いてください」

 

 

話を聞きながら私は心の中で「大変そうだけど、とんでもなく面白い講師を見つけた。ラッキー!」と興奮していました。

 

 

 

 

素直に受け入れるスタンスがあるのはこの原点があるから 

友人は覚えていない、それこそが「取捨選択」の本質 


 

同じ科目を並んで受けていた、いまでも仲の良い友人がいるのですが。

彼はこの講師や講義内容をまったく覚えていません。

 

それこそが講師の言う「取捨選択」の本質なのだと思います。

 

 

友人は代わりに僕が記憶から捨ててしまった他の講義を選び残しているのでしょう。(たぶん)

 

 

※ちなみにほぼパーフェクトに近い出席率で講義に参加していましたが最終的に単位は取れず。

試験当日にガッツリ寝坊したからです!

これも取捨選択なんだろか

 

 

 

自分の至らなさを認めて、プロとして泥臭く腕を磨き続けること 


 

この学生時代の学びは、いまの私の整体師としてのあり方に100%繋がっています。

 

 

  学生時代の学びから1本の道が現在の足元へと繋がっている、シンプルで爽やかな男性整体師のイラスト。プロとしての技術の土台と歩みを表現

 

先日ブログでも書いた技術研修で講師の先生から「自分ではできているつもりだった手の角度が写真で見たら全く違っていて大声でダメ出しされた経験」。

 

 

あのとき自分の思い込みの怖さを素直に反省。

 

 

視野を広げて新しいコツを吸収できたのは学生時代に恩師から「大きな声で間違えて、恥をたくさんかいて」「たいしたことない小さな自分をしっかり見ろ」と叩き込まれていたからに他なりません。

 

 

自分の至らなさを認めて、プロとして泥臭く腕を磨き続けること。

 

これが私の施術の根底にあります。

 

 

ーーー

🔗 【あわせて読みたい関連記事】

そんな泥臭い姿勢で学んできた、実際のクラニオの研修レポートがこちらです

 

 

 

それでは今日も平穏な1日でありますように

 

 


【この記事を書いた人】 

 

整体師

松本健之

 

JCC池袋整体院(旧日本カイロプラクティックセンター南池袋)で13年勤務。

独立して池袋整体ゆっくりをオープン。

数多くの整体セミナーに参加し、現在も施術や身体操作の学びを継続中。

ヨガや太極拳で学んだ経験も施術に活かしている。

 

プロフィール詳細